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横浜Fマリノス嘉悦朗社長退任

   

去年の10月に書いたこの記事。

クラブ経営サッカークラブ経営という無理ゲー
「Jリーグ再建計画」を読む 先日この本を読みました。 某ブログにて発見し、久々にクラブ経営関連の本を手に取りました。...

この記事中の書籍で詳しくクラブ改革について紹介されていた横浜Fマリノスの嘉悦社長が、28年1月末で退任される事が昨年12月に発表されました。その発表と同時に、マリノスの公式HPに退任の挨拶がアップされています。嘉悦社長のこれまでの取組みが非常に分かりやすく纏められています。

「やりたいこと」がクラブを潰す

この挨拶の前段に非常に示唆的な言葉があります。

在任期間中、私は経営者として「やりたいこと」はほとんど何も出来ませんでしたが、「やるべきこと」については、ほぼ全てをやり切ったと判断しています。現在のJクラブの経営において、この「やりたいこと」と「やるべきこと」は残念ながら概ね相反する関係にあります。そして経営者が「やりたいこと」に舵を切った場合、将来に禍根を残すリスクが極めて高いことは、当クラブを含む過去のいくつかの事例からも明らかです。事実、横浜F・マリノスには、過去の経営によってもたらされた課題が余りにも多く、「やるべきこと」が山積していました。

横浜マリノス公式HP 代表取締役社長 嘉悦朗より退任のご挨拶 より引用

「やりたいこと」はできなかったが、「やるべきこと」はやった。そして「やりたいこと」は将来に禍根を残す可能性が高い。これは非常に金言であります。もちろん、取り巻く経済環境がいい時代ならクラブも多少のエラーがあっても自然成長できるかもしれません。
ですが、ここ十数年の経済環境から考えると、恐らく嘉悦社長の指摘は当たっているように思います。

「やりたいこと」を一旦脇に置き冷静な目で経営を見つめたこの結論は、嘉悦社長がプロフェッショナルな経営者であった事を物語っているように思います。

嘉悦社長の問題意識「持続可能な成長の基盤作り」

ではその「やるべきこと」とはなんだったのか。嘉悦社長は挨拶の中で、三点を挙げています。

(1)健全な経営サイクルが自律的に回る仕組み・土壌の構築
①マネジメントプロセスを標準化し、通算6年度分のサイクル回したことで、目標達成に向けた「挑戦」と「実践」の体質化が進んだ。
②業務プロセスの改革や社内横断的な協業の仕組みを定着させ、様々な成功体験(※)を積み上げたことで、クラブ全体が活性化して来た。
※成功体験…クラブ史上初の実質黒字化達成(2013年度)
      クラブ史上最高の平均入場者数達成(27,496人/2013年度)
      Jリーグ史上最高の入場者数達成(62,632人/2013年11月30日)
      クラブ史上最高のグッズ売上達成(2009年度比2倍/2014年度)
      クラブ史上最高のアカデミー生徒数達成(約3600人/2012年度)
      21年振りの天皇杯優勝(2014年1月1日)
(2)コスト構造上の最大の懸念であったマリノスタウン移転問題の収束
①他のJ1クラブの3倍にも相当するコストが経営を圧迫し、クラブライセンス制度の財務基準において最大のリスクとなっていた施設関連費を適正化するメドが立った。
②併せてトップチームのトレーニングをはじめとするクラブの諸活動を円滑に継続するための代替施設利用のメドが立った。

(3)シティ・フットボール・グループ(CFG)との資本提携による事業構造のグローバル化
①CFGが持つチーム強化の革新的なスキームを共有出来たことで、トップチームの監督、選手の獲得や育成年代の指導者・選手の成長に大きな変化・成果が出始めている。
②CFGが持つ先進的なビジネスプラットフォームを共有できたことで、グローバルな視点での商機拡大が始まっている。

横浜マリノス公式HP 代表取締役社長 嘉悦朗より退任のご挨拶 より引用

嘉悦社長の問題意識については、先日書いた記事にまとめたように、Jクラブがバックにある責任企業の補填なしに「持続可能な成長」が果たして可能かどうか、という点に集約されます。地道な取り組みがわかり易く纏められていて、サポーターにも丁寧に説明されている姿勢に好感がもてます。

内容は、売上を増やしコストを抑える仕組みを整えるという、文字にしてしまえば簡単な事ですが、シンプルで地味であるがゆえに非常に難しい事だと思います。

地道な仕事への取組

私は嘉悦社長のお仕事ぶりが好きです。派手好きで、大きな花火打ち上げて後片付けしない経営者は多いです。表面だけで評価されたりもします。そして、地味な仕事ぶりのタイプは、ひどい時には、自分が蒔いた種でもないのに積極的に問題解決に動いた為に吊るし上げられて社長を追われたりもします。責任企業から一企業のポストのように順番に天下ってくるタイプの経営者は、得てして地雷を踏みに行きません。期間が終われば元の会社に戻れたりするからです。そして課題は先送り。仕事をしていれば、まあよく見る光景ではありますが。

そんな中、自らすすんで地味な積み重ねを行い、高コストのベテラン選手の処遇やマリノスタウンからの撤退など、ファンからは嫌われそうな事にも逃げずに取り組んだ姿勢は、普通の関連企業からの天下りではなく、プロフェッショナルな経営者だなと感服します。

積極的な情報開示の重要性

その一方で、とにかく丁寧な情報開示が目を引きます。撤退やリストラなど、ネガティブな取組みには、情報開示が不可欠です。きっと社長もその事を重々認識しておられる事かと思います。情報開示を積極的に行う事によって、ネガティブな施策もサポーターや関係者が疑心暗鬼にすることなく、むしろ関係者も巻き込んでより改革を推し進める事ができているように感じました。

サポーターは嘉悦社長の退任をどう捕らえているのでしょうか。このまとめサイトを見てみると、大体社長の退任を残念がり仕事ぶりを評価する声が多いです。評価する一方、ベテランへの処遇などネガティブな施策に対する嫌悪感も一部みられます。

確かにすべてのサポーターが長々とHPに上げられた文章を読むかというと、そうではありません。難しいことはわからないと、端から拒否反応を起こす方もいるでしょう。これだけの情報開示を行っていても、すべての関係者に伝わるわけではないのです。だからこそなお、クラブの外部へ発信していく姿勢は、もっともっと大事にしていく所ではないかと思います。

嘉悦社長お疲れ様でした

クラブそれぞれで、経営課題はもちろん異なります。他のクラブで同じ事したからといって、結果を伴うかどうかはわかりません。ですが、嘉悦社長の取組は、クラブ改革のひとつの成功例のモデルと言えるでしょう。特に情報開示については、どのクラブでも取組めて、コストに対して効果が大きいと、個人的には思います。問題は、人に働きかける仕事なので効果が定量的に図りにくく、こういうった仕事はまずコストカットの対象になりやすい点です。ここは特にJクラブにはがんばっていただきたいです。

 -クラブ経営

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